2010年6月12日土曜日

心の痛手 / HURT


心の痛手 / HURT

傷ついたよ
君が嘘をついていたと思うと傷ついたよ、
胸の奥深くまで君は言った、
二人の愛は本物で永遠に別れたりしないと
なのに新しい恋人ができたなんて
僕の心は張り裂けそうさ傷ついたよ
君には分からないほど深く
そうさダーリン、傷ついた
まだ君を愛しているから
他の誰にもできないほど
ひどく傷つけられようと
僕は絶対、絶対に君を傷つけない
愛してる、愛してる愛してる


 1975年10月<想い出の影>の後を受けて1976年3月にリリースされた<HURT/心の痛手>がそのキャリアのなかでも重要なポジションにあるひとつの理由は、この悲しく痛ましいこの曲が、エルヴィスの晩年とオーバーラップして聴こえるところにあるらしい。しかし、そこまで激しく動揺させるのは、真実そのような理由ではない。と、言い切ってしまおう。

 グレイスランドに録音機材を持ち込んでセッション。
 シットダウン・セッション、サンのめまいがするような数々の表現、それに通じる感動がある。
そう、ここにはロックンローラーとしての、正真正銘のエルヴィス・プレスリーが仁王立ちしているのだ。
 ゴスペルへの、ブルースへの、ロックへの熱情を全身で表現している姿を感傷的な受け取りをしてあげてはいささか失礼だと思うのだ。

 世界中の若者に自由の風を送り込み、ロックロール誕生と言い切っていいであろう<今夜は快調!>
 ゴスペルからはみだしブルースの魔手に墜ちる寸前でロックンロールへと誘った永遠の青春賛歌<ミステリー・トレイン>
 怒りをもって涙をぬぐい、すべてを許しながら、満身を震えさせながらも自己肯定に遂に至った<ミルクカウ・ブルース・ブギ>
 あるいはこの世の終わりに突進するしか考えられない男の無念、情念を、ほとんどアカペラ、アナーキーなサウンドでハードボイルドなモノクロの夜景にして切り取ってみせた<ハート・ブレイク・ホテル>の衝撃。

 それらと比べても、遜色がない。1970年代も後半にさしかかった時に、問答無用にロック黎明期の50年代の匂いプンプンのまま、2分少しというロックンロール&シングル盤のルールを守りながら、エルヴィスは素晴らしく挑戦的に、どこをどう聴いても、無駄のないR&Bの大傑作に仕上げているのだ。


I'm so hurt
To think that you lied to me
l'm hurt way down deep Inside of me
You said our love was true
And we'd never, never part
Now you want someone new
And it breaks my heart

I'm hurt
Much more than you'
ll ever know
Yes darling,
I'm so hurt
Because I still love you so
But even though you hurt me
Like nobody else could ever do
l would never, never hurt you
Love you, Iove you
l love you

 1976年2月。すでにこの時期、エルヴィスの体調は万全でなかったはずにもかかわらず快調だ。心身ともに疲労するなかで、プロとして自分で自分を否定しながら、新境地を切り開き、円熟味を増したばかりか、これだけの熱情は驚きと言っても過言ではない。

 "I'm so hurt "どこへ飛んで行くのかと思う程に激しい悲しみの洪水で始まるや、"To think" エルヴィスはみごとな意志の力で、「アート」にふさわしい着陸をする"that you lied to me"。この最初の歌詞2行でエルヴィスはグレイスランドの主である、いまその瞬間と、サンレコードのドアのノブを最初に回した日の2つの点を線にしてみせる。

 "To think" に宿る意志のきらめきこそ、線上のエルヴィスのいまここになのだ。「痛みに負けることも、負けないことも、すべては意のまま、誰も自分を傷つけることなどできない。しかし君が望むなら傷ついてあげてもいいんだよ」と言わんばかりに裏切りを受けてたつ。

 それゆえにファイナルの"l would never, never hurt you Love you,------"が一層輝く。
その凄さに実像、虚像のアラベスクに目を奪われるが、ここにはまぎれもないプロフェッショナルがいるのだ。

 ここで聞かせる”Much more----”迫真の台詞も、数ある台詞入り楽曲の中でも群を抜いて声、表現とも最高峰と太鼓判押して間違いのない素晴らしさで不自然さがまったくなく曲を盛り上げている。

またその閑のジェームス・バートンのギターは相変わらず仰々しく見せつけるプレーなどせずに、熱く静かに泣いているのが嬉しい。さらにはグレン・ハーディンのピアノも、エルヴィスが誇らし気に紹介していた、それにふさわしいプレーで泣かせている。
一級品、いや特級の男たちが、女の斬り付けた傷を愛しながら、人生を語った夜のできごとだ。

 <バーニング・ラブ><約束の地>と並んで、1970年代エルヴィスが自分のルーツを見つめながら、遺してくれた宝物だ。

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